光のもとで 10-41
昇さんが病室を出ると、ものすごく機嫌の悪そうなツカサが戻ってきた。
眉間のしわがいつもよりも深い。
戻ってくるなり淡々と話始める。
その話のテンポは異様なまでに速かった。
話を理解するというよりも話を聞くこと自体に集中しなくちゃいけない感じで、今日、会った時のような・・・記憶に関する話をし始めた時のような・・・
こちらを気遣うといった雰囲気は一切なくなっていた。
一体、いつからだっただろう・・・?
どのあたりからだっただろう・・・???
何か、どこかで気付かなくちゃいけなかったものを見落としてしまった気分だ。
そのことには秋斗さんも気付いているようで、名前を呼び捨てで呼ぶ経緯などを話し終わるとすぐに制止に入った。
「ツカサ、そんな読み上げるように話したって翠葉ちゃんはついていけない」
「だから・・・?」
だから・・・
「逆に時間をかけても思い出せるわけじゃないんだろ?なら、知識として頭に入ってればそれでいいんじゃないの?」
ポンポンと反論できないような言葉が返ってくる。
でも、ツカサの言うことは正しいと思う。
反論する余地なんて私にはない・・・
現に、こんなに時間をかけて話してもらってる・・・
なのに・・・思い出せているわけではないから・・・
二人に関することは、何一つ思い出せていないのだから・・・
「異論ないなら次」と、頭の中に機械でも入っていて検索データに引っかかったものだけを口にする。
そんな話がずっと続いた。
「翠は他の人たちは昇さんに呼ばせて、秋兄だけは自分で連絡するって言った。それも酷い話だよな・・・人を傷つけるのに大小ないだろ・・・髪を切ったことは確かに性質が悪いと思う。でも、だからってそれだけを特別視する必要もなかったんじゃないの?」
射抜かれるような眼差しには大分慣れたつもりでいた。
でも、全然慣れてなかった。
一体、いつまでこんな眼で見られなくちゃいけないんだろうか・・・
不安で胸がザワザワするくらいには、全然慣れていなかった。
話を続ければ続けるほどにツカサの言葉は棘を増した。
「その先は俺が話す」と秋斗さんが言っても、「まだ話し足りない」と言う始末で、挙句の果てには「秋兄が話すとオブラートに包みすぎで現実が歪む」と容赦なく切り捨てた。
秋斗さんに向ける視線も私に向けるものと同様、酷く冷たいものだった。
「俺は翠に言われたとおり、秋兄に伝言を伝えに行ったよ。直接・・・ね。秋兄の電話も目の前で聞いていた。・・信じられないだろ?これだけ謝るのに時間を要してる人間と会いに行きたくてもこんな事情で会いに行けなくなってる人間。それらがようやく会える状況になるっていうのに・・・話の内容がこんななんて」
吐き捨てるように・・・
その時のやりとりを話し出す。
‘謝りたいってことはさ・・・俺に悪いことをしたと思ってるんだよね?’
‘許さないよ’
‘俺を傷つけたと思うなら、その傷は翠葉ちゃんが癒して?・・・今から病院に行くから’
ゾクリと肌が粟立つ。
この人が・・・
秋斗さんが、そんなことを言うの・・・?
「翠、嘘でも何でもないから。俺はそこにいたから」
「司、その先は俺が話す」
「あぁ、そうしてよ・・・事細かに話してよ。どんなに酷い会話をしたのかさ」
秋斗さんを一瞥するとツカサは応接セットの方・・・
静さんが座っているソファの方に移動した。
戦線離脱・・・
そんな言葉すらしっくりきてしまう。
話の内容に集中できなくなりそうなくらい、ツカサの放つ負の雰囲気に飲みこまれていた。
「翠葉ちゃん」
「意識をこちらに戻すように」・・・とでも言うように、静さんから声をかけられる。
秋斗さんを見れば、少し震えていた。
深く息を吸い込んで、「これが俺のしたこと・・・」と話始める。
「君は俺が自分を責めないで欲しいと言っても、絶対に聞きはしないだろうと思った。だったら・・・擁護するよりも、罪を償うように促したほうがいいと思った・・・言い訳にしか聞こえないだろうけど・・・何かをするつもりはなかった・・・もう一度自分の彼女という枠に収めて、少しでも償いの期間が取れれば、翠葉ちゃんを納得させることができると思った・・・もし、それで嫌われることになるとしても・・・君が自分を責め続けて苦しむよりかはいいと思った・・・」
「だから・・・」と続けるその言葉の先には想像を絶するようなやりとりがあった。
それは‘やりとり’と呼べるようなものではなくて・・・
秋斗さんが言う言葉に対して、私はまともな反応はひとつもできていなかったに等しい。
「10階に連れて行ったことも覚えてないよね?」と聞かれる。
頷くと、「そこではもっと嫌なことを言ったし・・・それに、多分、身の危険を感じるようなこともした。エレベーターの中ではキスをしようとしてやめたし、数々のドアロックを解除した先にある病室では唇も奪った・・・まだ足りない・・・と脅すように口にした」
‘俺の母親も司たちの母親も、この部屋で出産したんだよ。帝王切開にならない限りはそれが可能な設備が整ってる。あぁ、もちろん、普通のクローゼットもあるけどね。いつか、翠葉ちゃんがこの部屋を使うことになると嬉しいね’
「翠葉ちゃんはそういうことをとても怖がる傾向があった・・・だから、追い詰めるために使った・・・」
一度口を噤み、「信じてもらえる?」と聞かれる。
何を・・・
「俺はさ・・・こんなに痩せてしまった君を・・・痛みに耐えてきた君を・・・こんな場所で無理やりどうこうするつもりはなかった・・・」
何を?
誰を・・・??
信じる・・・???
そのボーダーラインがどこら辺にあったのかもわからない。
私はこの人を信じていたの・・・?
私はこの人を信じているの・・・?
「翠葉ちゃん、少し深呼吸しようか?」
気付けば静さんが近くにいた。
「私と一緒に10階へ行ってみないかい?」
この部屋の空気が肌にも眼にも何もかもに沁みる。
「行きます」と口にした。
窒息しそうなこの部屋から出たいがために・・・
でも・・・
それは私だけじゃない・・・
「秋斗さん、ごめんなさい・・・今、どの言葉を使ったらいいのか解らないです。でも・・・解らないのは、それだけじゃなくて・・・ツカサが言ったとおり・・・何を聞いても思い出せないから・・・だから・・・やっぱり現実味がなくて・・・私の心が何かを感じることはできないんです・・・」
静さんの手を借りてベットを降りた。
病室を出たところには栞さんと湊先生に追加して、唯兄も蒼兄もいる。
昇さんも相馬先生もいる。
きっと、中での会話は粗方筒抜けなのだろう。
「上に行ってくる」と静さんが言えば、「静兄さまっ、私も一緒に・・」と栞さんが立ち上がる。
「いや、医者の手は足りてる。10階で清良が待ってるはずだ」と、静さんが断った。
「俺は現状把握で行きたいんだけど?」と相馬先生が名乗りをあげれば、視線でそれを制しようとする。
「あぁ、俺、スイハの主治医ね?」
ケケケと笑いつつも釘を刺す。
「いいだろう」
その言葉を合図に廊下を歩き始めた。
「それともう1つ・・・スイハはそろそろ限界だ。車椅子乗ってけや」と10歩ほど離れたところにある車椅子を指差した。
車椅子に座ると、「大丈夫かい?」と聞かれる。
「はい・・・大丈夫です」
‘スイハはそろそろ限界だ’
それは何・・・?
何が限界なの?
私の血圧?
それとも心臓?
それとも心・・・?
もう、何が大丈夫で何が大丈夫じゃないのか解らない。
その時点でこの会話は意味を成していないだろう・・・
違うな・・・
私がちゃんと答えてないだけだ。
藤原さんがここにいたら、間違いなくやり直しをさせられる回答を私はした。
「ナンバー2・・・大丈夫かって聞いて大丈夫じゃないっていうヤツじゃないだろ?」
「それでも聞くのが大人ってものだろう?」
あぁ・・・
本当に意味のない会話だったんだなんて思う。
「これだからフェミニストをデフォルト仕様にしてるやつらの言うことは当てになんねぇ・・・スイハ、間違ってもこんな男には惚れんなよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「おや・・・心外だな。翠葉ちゃん?私はこれでも心配はしているつもりなんだが?」
「そうやって自分フォローしてるところが既に信用なんねぇだろ・・」
・・・この二人って・・・そうだった・・・
湊先生をとりあったライバル・・・だっけ・・・?
・・・だった・・・の間違いなのかな・・・
それとも現在進行形・・・?
首を傾げてると10階に付き、「久しぶりね?そうでもないかしら?」と藤原さんに声をかけられた。
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戻ってくるなり淡々と話始める。
その話のテンポは異様なまでに速かった。
話を理解するというよりも話を聞くこと自体に集中しなくちゃいけない感じで、今日、会った時のような・・・記憶に関する話をし始めた時のような・・・
こちらを気遣うといった雰囲気は一切なくなっていた。
一体、いつからだっただろう・・・?
どのあたりからだっただろう・・・???
何か、どこかで気付かなくちゃいけなかったものを見落としてしまった気分だ。
そのことには秋斗さんも気付いているようで、名前を呼び捨てで呼ぶ経緯などを話し終わるとすぐに制止に入った。
「ツカサ、そんな読み上げるように話したって翠葉ちゃんはついていけない」
「だから・・・?」
だから・・・
「逆に時間をかけても思い出せるわけじゃないんだろ?なら、知識として頭に入ってればそれでいいんじゃないの?」
ポンポンと反論できないような言葉が返ってくる。
でも、ツカサの言うことは正しいと思う。
反論する余地なんて私にはない・・・
現に、こんなに時間をかけて話してもらってる・・・
なのに・・・思い出せているわけではないから・・・
二人に関することは、何一つ思い出せていないのだから・・・
「異論ないなら次」と、頭の中に機械でも入っていて検索データに引っかかったものだけを口にする。
そんな話がずっと続いた。
「翠は他の人たちは昇さんに呼ばせて、秋兄だけは自分で連絡するって言った。それも酷い話だよな・・・人を傷つけるのに大小ないだろ・・・髪を切ったことは確かに性質が悪いと思う。でも、だからってそれだけを特別視する必要もなかったんじゃないの?」
射抜かれるような眼差しには大分慣れたつもりでいた。
でも、全然慣れてなかった。
一体、いつまでこんな眼で見られなくちゃいけないんだろうか・・・
不安で胸がザワザワするくらいには、全然慣れていなかった。
話を続ければ続けるほどにツカサの言葉は棘を増した。
「その先は俺が話す」と秋斗さんが言っても、「まだ話し足りない」と言う始末で、挙句の果てには「秋兄が話すとオブラートに包みすぎで現実が歪む」と容赦なく切り捨てた。
秋斗さんに向ける視線も私に向けるものと同様、酷く冷たいものだった。
「俺は翠に言われたとおり、秋兄に伝言を伝えに行ったよ。直接・・・ね。秋兄の電話も目の前で聞いていた。・・信じられないだろ?これだけ謝るのに時間を要してる人間と会いに行きたくてもこんな事情で会いに行けなくなってる人間。それらがようやく会える状況になるっていうのに・・・話の内容がこんななんて」
吐き捨てるように・・・
その時のやりとりを話し出す。
‘謝りたいってことはさ・・・俺に悪いことをしたと思ってるんだよね?’
‘許さないよ’
‘俺を傷つけたと思うなら、その傷は翠葉ちゃんが癒して?・・・今から病院に行くから’
ゾクリと肌が粟立つ。
この人が・・・
秋斗さんが、そんなことを言うの・・・?
「翠、嘘でも何でもないから。俺はそこにいたから」
「司、その先は俺が話す」
「あぁ、そうしてよ・・・事細かに話してよ。どんなに酷い会話をしたのかさ」
秋斗さんを一瞥するとツカサは応接セットの方・・・
静さんが座っているソファの方に移動した。
戦線離脱・・・
そんな言葉すらしっくりきてしまう。
話の内容に集中できなくなりそうなくらい、ツカサの放つ負の雰囲気に飲みこまれていた。
「翠葉ちゃん」
「意識をこちらに戻すように」・・・とでも言うように、静さんから声をかけられる。
秋斗さんを見れば、少し震えていた。
深く息を吸い込んで、「これが俺のしたこと・・・」と話始める。
「君は俺が自分を責めないで欲しいと言っても、絶対に聞きはしないだろうと思った。だったら・・・擁護するよりも、罪を償うように促したほうがいいと思った・・・言い訳にしか聞こえないだろうけど・・・何かをするつもりはなかった・・・もう一度自分の彼女という枠に収めて、少しでも償いの期間が取れれば、翠葉ちゃんを納得させることができると思った・・・もし、それで嫌われることになるとしても・・・君が自分を責め続けて苦しむよりかはいいと思った・・・」
「だから・・・」と続けるその言葉の先には想像を絶するようなやりとりがあった。
それは‘やりとり’と呼べるようなものではなくて・・・
秋斗さんが言う言葉に対して、私はまともな反応はひとつもできていなかったに等しい。
「10階に連れて行ったことも覚えてないよね?」と聞かれる。
頷くと、「そこではもっと嫌なことを言ったし・・・それに、多分、身の危険を感じるようなこともした。エレベーターの中ではキスをしようとしてやめたし、数々のドアロックを解除した先にある病室では唇も奪った・・・まだ足りない・・・と脅すように口にした」
‘俺の母親も司たちの母親も、この部屋で出産したんだよ。帝王切開にならない限りはそれが可能な設備が整ってる。あぁ、もちろん、普通のクローゼットもあるけどね。いつか、翠葉ちゃんがこの部屋を使うことになると嬉しいね’
「翠葉ちゃんはそういうことをとても怖がる傾向があった・・・だから、追い詰めるために使った・・・」
一度口を噤み、「信じてもらえる?」と聞かれる。
何を・・・
「俺はさ・・・こんなに痩せてしまった君を・・・痛みに耐えてきた君を・・・こんな場所で無理やりどうこうするつもりはなかった・・・」
何を?
誰を・・・??
信じる・・・???
そのボーダーラインがどこら辺にあったのかもわからない。
私はこの人を信じていたの・・・?
私はこの人を信じているの・・・?
「翠葉ちゃん、少し深呼吸しようか?」
気付けば静さんが近くにいた。
「私と一緒に10階へ行ってみないかい?」
この部屋の空気が肌にも眼にも何もかもに沁みる。
「行きます」と口にした。
窒息しそうなこの部屋から出たいがために・・・
でも・・・
それは私だけじゃない・・・
「秋斗さん、ごめんなさい・・・今、どの言葉を使ったらいいのか解らないです。でも・・・解らないのは、それだけじゃなくて・・・ツカサが言ったとおり・・・何を聞いても思い出せないから・・・だから・・・やっぱり現実味がなくて・・・私の心が何かを感じることはできないんです・・・」
静さんの手を借りてベットを降りた。
病室を出たところには栞さんと湊先生に追加して、唯兄も蒼兄もいる。
昇さんも相馬先生もいる。
きっと、中での会話は粗方筒抜けなのだろう。
「上に行ってくる」と静さんが言えば、「静兄さまっ、私も一緒に・・」と栞さんが立ち上がる。
「いや、医者の手は足りてる。10階で清良が待ってるはずだ」と、静さんが断った。
「俺は現状把握で行きたいんだけど?」と相馬先生が名乗りをあげれば、視線でそれを制しようとする。
「あぁ、俺、スイハの主治医ね?」
ケケケと笑いつつも釘を刺す。
「いいだろう」
その言葉を合図に廊下を歩き始めた。
「それともう1つ・・・スイハはそろそろ限界だ。車椅子乗ってけや」と10歩ほど離れたところにある車椅子を指差した。
車椅子に座ると、「大丈夫かい?」と聞かれる。
「はい・・・大丈夫です」
‘スイハはそろそろ限界だ’
それは何・・・?
何が限界なの?
私の血圧?
それとも心臓?
それとも心・・・?
もう、何が大丈夫で何が大丈夫じゃないのか解らない。
その時点でこの会話は意味を成していないだろう・・・
違うな・・・
私がちゃんと答えてないだけだ。
藤原さんがここにいたら、間違いなくやり直しをさせられる回答を私はした。
「ナンバー2・・・大丈夫かって聞いて大丈夫じゃないっていうヤツじゃないだろ?」
「それでも聞くのが大人ってものだろう?」
あぁ・・・
本当に意味のない会話だったんだなんて思う。
「これだからフェミニストをデフォルト仕様にしてるやつらの言うことは当てになんねぇ・・・スイハ、間違ってもこんな男には惚れんなよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「おや・・・心外だな。翠葉ちゃん?私はこれでも心配はしているつもりなんだが?」
「そうやって自分フォローしてるところが既に信用なんねぇだろ・・」
・・・この二人って・・・そうだった・・・
湊先生をとりあったライバル・・・だっけ・・・?
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